大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和47年(わ)637号 判決 1976年4月01日

主文

被告人を禁錮二年に処する。

この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(被告人の経歴および犯行に至る経緯)

被告人は、昭和三九年三月、千葉市立高等学校を卒業後、同年四月日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)職員となり、国鉄新小岩機関区試用員、同区職員、同区機関助士見習、同区機関助士を経て、同四五年五月一五日、機関士等認定試験(ドライバーコース)に合格し、同年一〇月二〇日、関東学園普通課程第一五回電車運転士科を修了し、同月二一日、津田沼電車区電車運転士見習となり、同四六年一〇月一五日、同電車区電車運転士となり、電車運転の業務に従事していたが、昭和四七年三月二八日、国鉄津田沼駅発三鷹駅行第七一一C電車(一〇両編成)に運転士として乗務し、同日午前七時一六分三〇秒ころ、津田沼駅を五番線ホームから発車して船橋駅に向い、上り第四閉そく信号機(御茶の水駅起点から二五、一五一メートル)手前まで二ノッチで力行し、同信号機が減速信号現示(黄・青)に変わるのを確認してからノッチを三ノッチに投入し、中野木踏切(同起点より二四、四一二メートル)附近でノッチオフするまで力行し、毎時約五〇ないし六〇キロメートルの速度で惰行して、上り第三閉そく信号機(同起点から二四、三一二メートル)を通過し、上り第二閉そく信号機(同起点から二三、八五〇メートル)が進行信号を現示し、さらに上り第一閉そく信号機(同起点から二三、二〇三メートル)が減速信号を現示しているのを見て進行中、同日午前七時一九分五二秒ころ、信号機の電流が停電したため同電車に塔載されたATS(列車自動停止装置)B型車上装置の警報ベルが鳴動したので、常用ブレーキにより、直ちに制動を施し、ATS確認ボタンを押して、いわゆるATSの確認扱いをして同所附近に停止したが、通常であれば確認扱いをすることによってATS車上装置の警報ベルが鳴り止み、赤色灯が消灯する筈であったにもかかわらず、赤色灯は消灯したものの、警報ベルは鳴動を続けたので、不審に思った被告人は、ATS車上装置の電源を繰返し切ったり入れたりした。ATS・B型は、軌道上を流れる信号電流の作用によって作動する仕組みとなっていたため、信号停電の場合に、右のような作動をすることは、理論上当然ではあったが、そのような事態は稀であるうえ、被告人は、運転士としての養成期間を通じ、ATS・B型車上装置が右のように作動することがあることの教育は受けておらず、また、運転士となってからもその点についての指導、通達を受けていなかったため、右の作動が信号停電のための正常な作動であることを判断できなかったので、ATS車上装置の故障ではないかと考えて、運転を継続することとし発進し、二ノッチで進行したが、船橋駅上り場内信号機号(同起点から二二、八七九メートル)の現示が確認できなかったので同信号機の現示を確認するため二ノッチのまま同信号機に接近した。その当時、同信号機は停電のために信号を現示していなかったのであるが、被告人は、これを朝日の光が信号機に反射して信号の現示が確認できなかったものであると考え、上り第一閉そく信号機が減速信号を現示していたことから推測して、船橋駅上り場内信号機号は、注意信号またはそれより緩い制限を与える信号を現示しているものと考え、船橋駅上り場内信号機号を越えて二ノッチで力行を続けた。

(罪となるべき事実)

被告人は、前記のとおり、電車運転の業務に従事していた者であるが、昭和四七年三月二八日午前七時一六分三〇秒ころから、津田沼駅発三鷹駅行第七一一C電車を津田沼駅から船橋駅に向けて運転走行中、同日午前七時二〇分ころないし二二分三〇秒ころの間に、船橋駅上り場内信号機号を通過し、同駅構内上り一号信号機(同起点から二二、六五五メートル)に向って走行するにあたり、既に通過した上り第一閉そく信号機が減速信号を現示していたのを確認し、従って、その時点では、信号機の系統上、次の船橋駅上り場内信号機号は注意信号を、その次の構内上り一号信号機は停止信号をそれぞれ現示していることを予測していたのであるから、上り場内信号機号の現示を確認し得ないまま進行を継続した場合には、次の構内上り一号信号機がなお停止信号を現示しているかもしれず、従って、同駅ホームに先行電車が滞留しているかもしれないことを予想し、構内上り一号信号機が停止信号以外の信号を現示していることを確認するまでは、同信号機の外方で停止し得る速度で走行するとともに、同信号の現示を確認すべく前方を注視して走行すべき業務上の注意義務があったにもかかわらず、故障状況を把握することのみに気を奪われてこれを怠り、構内上り一号信号機の外方で停止し得る速度に抑えず、かつ前方を注視せず同信号機が停電のため信号を現示していなかったのを確認しないまま運転を継続した過失により、同日午前七時二三分ころ構内上り一号信号機の外方約四〇メートルないし六〇メートルの地点に至り、船橋市本町七丁目一番一号国鉄船橋駅構内の一番線ホームに停車中の佐藤敬一運転の木更津駅発中野駅行第六一三C電車(一〇両編成)の最後部を、構内上り一号信号機の内方約二〇メートルの地点にはじめて発見し、非常制動の措置をとったが既に遅く、自車前部を第六一三C電車後部に毎時約三〇キロメートルの速度で追突させ、よって電車の往来に危険を生ぜしめるとともに、その際の衝撃により、別紙受傷者一覧表記載のとおり、右第六一三C電車の乗客四〇六名、右第七一一C電車の乗客一九五名合計六〇一名に対し、同表記載の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(弁護人および被告人の主張に対する判断)

一、弁護人は、本件事故の真の原因は、国鉄の過密ダイヤと、それが内包する弱点を補うための保安体系の不備であり、このような状態のもとで安全運行の達成が可能なのは、全てが正常な状態で動いているときだけであるにもかかわらず、人力に依拠する規定上の仕組みだけは複雑多様に落目なく制度化されているので、厖大なシステムのなかで、一部分に異常の破綻を来したならば、忽ちバランスが崩れてトラブルが波及し、究極的には運転士に全てがしわよせされることとなるのであるが、このような場合に右の規定どおりの対処をすることは、最早個人の能力を超えたものであるとし、このようなシステム災害にあっては、被告人に過失責任を認めることはできない旨主張する。さらに、本件では、信号電流の突発的な停電のためATS車上装置の警報ベルが確認扱い後も鳴り止まないという異常現象が出来し、これをATS車上装置の故障であると考えた被告人が、次駅の船橋駅で、駅長に故障の状態を報告するために、その故障状況を解明することに注意力を集中させたことが事故の原因となったものである。国鉄におけるATSの作動に関する教育・訓練の状態からは、被告人が右の現象を停電のための当然の現象であることに思い至らず、ATS車上装置の故障であると判断したことは無理からぬところであるところ、人が異常時に遭遇した場合には、当初の観察的・調査的・分折的思考から行動的思考に移行し、当面するトラブルが解決しない限り、そのトラブルの解決に注意を集中する傾向があり、しかも本件では、上り場内信号機号を通過してから先行電車発見地点までは僅かに二〇秒間しかなかったから、右異常現象の原因の解明をしようとした被告人には最早他の行動をとる余地は全くなかったものであって、被告人としては、与えられた状況の中で最善の努力をしたものであるから、被告人には過失はないとし、さらに、本件は、国鉄当局の変電所電線の保守の欠陥、船橋駅改良工事の欠陥により同駅進入路の見通しが悪くなっていたこと、構内上り一号信号機を上り場内信号機と駅ホームとの間に設置したことにより場内信号機を閉そく信号機と化してしまった瑕疵、ATS取扱規程の不備という企業組織体の基本的過失等が介在しており、従って、被告人の行為と結果との間に因果関係がないものであり、しからずとするもそれらの主たる原因が除去されない限り被告人が本件事故の結果を回避することは不可能であった、と主張する。

二、よって判断するにあたり、まず、一応の争点となったATS車上装置の警報ベル鳴動後の一時停止地点を検討する。ATS車上装置の警報ベル鳴動後の一時停止地点について、検察官は、上り第二閉そく信号機の外方約七〇メートルの地点であると主張し、弁護人および被告人は、上り第一閉そく信号機の僅かに内方であると主張する。被告人運転の第七一一C電車が津田沼駅を発車してから、本件停電があった時刻までの時間は、約三分二〇秒であるが、司法警察員作成の昭和四七年四月九日付捜査報告書に記載された、事故発生に至るまでの被告人の電車の運転状況を被告人の司法警察員に対する同年三月二九日付供述調書の記載に基づいて再現実験をした結果によれば、津田沼駅を出発して三分二〇秒程度経過した時点においては、実験車両は、ほぼ検察官主張の停止位置付近に到達しているというものであるが、これに対し、証人吉岡正明の当公判廷における供述および同人作成の「津田沼~船橋駅間運転時間測定結果」と題する書面によれば、被告人と同時に学園を修了した同僚運転士等が右被告人の供述調書の記載に基づいて実験した結果では、ほぼ、被告人の主張する地点に実験車両が到達しているというのである。右両実験の方法を比較すると、前者が実験車両として一〇両編成の六個のモーターのうち一個を停止させた空電車を使用しているのに対し、後者は、本件事故発生時刻と近接した時間帯に運行された実際に乗客を乗せた電車を使用していること、津田沼駅発車後二ノッチから三ノッチに投入した地点について、右被告人の供述調書の記載は、「距離の点は判然しないが、上り第四閉そく信号機の手前で同信号機が減速現示に変わるのを確認した地点」というのであるが、これを前者は成田街道跨道(上り第五閉そく信号機の内方(船橋駅寄り)約二一〇メートル、上り第四閉そく信号機の外方約一九六メートル)とするのに対し、後者は、上り第五閉そく信号機の内方約五七メートル、上り第四閉そく信号機の外方約三四九メートルの地点としている差がある。前者については、モーターを一個停止させることによって乗客を乗せたと同一の状態を作出できるというのであるが、その根拠は立証されておらず、かつ当然にかなりの誤差を含みうることが予想されるのであり、後者については、ノッチ切替地点かが右被告人の供述調書に記載された地点としては津田沼駅寄りに過ぎるのではないかという疑いがある。従って、両実験の方法のみからは、いずれの実験の結果が信用すべきものであるかは決し難い。停止地点に関する供述証拠としては、検察官の主張と合致する証人石井清一(第七一一C電車の車掌)の当公判廷における供述と被告人の捜査段階からの供述とが対立している。前者は、停止地点の周囲の状況についても具体的な供述をなしており、また、司法警察員作成の実況見分調書中の荒川幸夫の指示説明とも合致するうえ、この地点を一時停止地点と仮定した場合に他の客観的資料との矛盾も生じないので、おおむね信用性はあると評価できる。他方、被告人は、ATS確認扱いをするまでは、通常の状態で運転をなしていたものであるから、その時点までの信号現示については、運転士としての職務上から、かなり正確な観察をしていると考えられるところ、事故後間もなく作成された同年三月二九日付司法警察員に対する供述調書によれば、被告人は、津田沼駅を出てから上り第一閉そく信号機に至るまでの全ての信号機の現示に言及しており、しかも、最後に確認した信号機である上り第一閉そく信号機が減速信号を現示していたとの点は、谷矢達也の検察官に対する供述調書から認められる信号電流の停電直前に第六一三C電車が船橋駅ホームにあったという客観的事実とも符合するところであり、さらに上り第一閉そく信号機は上り第二閉そく信号機の手前から直線上に見通せるのであるから、一時停止地点の如何にかかわらず確認可能であるので、捜査段階以来被告人が供述するところも、信号現示の確認に関する限り、あながち信用し難いとすることもできない。しかし、一時停止地点については、被告人の供述を裏付ける客観的証拠ないし第三者の供述証拠がないのみならず、被告人は、第六一三C電車を前方六〇メートル位に発見し、直ちに制動の措置に出た旨捜査段階以来供述しており、司法警察員作成の同年四月三日付実況見分調書によれば、第七一一C電車の最後部から後方六五・九メートルの地点にかけてスリップ痕が認められるというのであるが、仮に被告人の供述するところが正しいとすると、藤原隆一外一名作成の鑑定書によれば制動開始時の電車の速度は、毎時約四二~五〇キロメートルであると算定されるというところ、被告人が主張する一時停止地点から二ノッチで発車し、そのまま走行したとすると、第六一三C電車の後方約六〇メートルの地点まで三〇〇メートル程度力行したことによって速度が毎時四二~五〇キロメートルまで上昇することはあり得ないことは、前記同年四月九日付捜査報告書、吉岡正明作成の「津田沼~船橋間運転時間計測結果」と題する書面および竹森彦左エ門作成の「距離速度の関係についての図表及び関係式」と題する書面によって認められるところである。これによれば、一時停止地点についての被告人の記憶は信用し難いとせざるを得ない。したがって一時停止地点については、いずれかといえば、証人石井清一の指示が優越した証明力を有するというべきであるが、この指示も、同証人の認めるように、かなりの誤差を包含するものであるうえ、被告人の信号確認の程度が前示のとおりであると認定される以上、停止地点自体は法律上も、量刑上も重要性を有しないから、結局前示のとおり、一時停止地点としては特定地点を認定せず、上り第二閉そく信号機付近から上り第一閉そく信号機付近までの間のいずれかの地点という趣旨で、同所付近と判示したものである。

そこで右認定事実を前提として被告人の過失の有無を考察すると、被告人が最後に確認した信号機である上り第一閉そく信号機の現示は、減速信号であったことになり、その場合、信号機の系統上、次の場内上り信号機号の現示は注意信号であり、次の構内上り一号信号機の現示は停止信号であり、従って、その前方には先行電車があるということは、被告人自身も当然知っていたか、少くとも予測すべきであったと考えられる。同一軌道上を複数の電車や列車が走行する鉄道において、交通の安全を確保するために最も留意すべき点は、前方にある電車や列車との衝突の回避にあり、本件のような複線区間にあっては、先行列車との追突を回避することにある。従って、電車を走行させるにあたり、電車運転士として最も優先させるべき注意義務は、前方直近にある信号の現示から予測される事態に対応した措置をとることが可能な速度で走行させるとともに、前方の信号の現示が確認できるように、前方を注視しながら走行させなければならないということである。しかるに被告人はこの基本的注意義務を怠り、構内上り一号信号機が停止信号を現示しあるいは現示していると同一に扱われる場合(すなわち信号を現示していない場合)に備えてその外方で停止し得る速度で進行せず、かつ、前方の同信号機の現示を確認するための注視を怠ったために、本件追突事故を発生せしめたものであって、右注意義務違反は、業務上過失往来危険罪、業務上過失致傷罪の構成要件たる過失に該当することはもちろん、その中でも重大な過失というべきものである。従って、弁護人が主張するように、システムの一部に異常を来した場合に備え、人力に依拠するために人間の能力を越えた注意義務が規定のうえでは課されているかは暫く措き、そのような規定上の構造が仮りにあったとしても、それが本件事故の発生と法律上因果関係がないものであることは、本件注意義務が前記のとおり極めて基本的かつ単純なものであって、個人の能力を超えた対処を要求したものとは到底いえない以上、当然の結論である。なお弁護人は、被告人は、与えられた状況の中で最善を尽したものであるといい、そのことによって被告人の過失の成立が阻却されるものであるかの如く主張するが、被告人がその思考力を働かせうる時間は弁護人主張のように二〇秒に限られるものではなく、警報ベルの異常を知ってからの二分三〇秒前後の時間であると考えられ、またATSの警報ベルが鳴動を止めなかったことをもってATS車上装置の故障であると判断したことは、国鉄の従前の教育・指導の程度に照らし一応無理からぬところと評価し得、またATS車上装置の故障の際に、運転士に故障状態の報告義務があったことも、押収してある「首都圏本部動力車乗務員執務基準規程」および「首都圏本部運転取扱基準規程」ならびに「車両故障時の運転取扱方とATS故障時現象の処置方」と題する津田沼電車区の内部文書によって認められるとおりであるけれども、ATS故障等の報告義務は、ATSが故障した場合に、これに対し運転士よりも専門的知識ないし経験のある者による処置をなすことによって事故を防ごうとの趣旨から規定されていると推測されるのであり、従って、その違背が事故と結びつくのは極めて間接的であるのに対し、判示の本件注意義務違背は、直ちに事故と結びつくものであり、本件注意義務が報告義務よりも重大であることは誰の目にも明らかなところである。被告人は、原因解明に注意力を奪われ、最も基本的な注意義務を怠ったものであるから、原因解明に最善の努力をしたからといって、本件過失の成立が阻却されるものではない。また弁護人は、本件停電は国鉄当局の変電所保守の欠陥によって生じたものであり、本件事故の責任もこの点に求められるべきであるかの如く主張するが、本件においてダイヤどおりの運行状況であれば、被告人が運転した第七一一C電車が船橋駅に差しかかった際には、既に船橋駅を発車していたと考えられる第六一三C電車が、現実には同駅に停車中であった原因は、信号電流の停電という稀な事態によるものであったことは認められるけれども、信号の消灯自体は運転士として対応に窮する事態ではないうえ、これを第七一一C電車を運転していた被告人に与えられた状況から見るならば、被告人が上り第一閉そく信号を認識した時点においてその減速信号現示から、構内上り一号信号機の内方すなわち船橋駅ホーム上にあると予想された先行電車が、何らかの理由により、被告人運転の電車が同信号機に接近した際も同一場所に停止していたというだけのことであり、また信号自体は消灯していたとはいえ、第一閉そく信号を認識した時点において予測された事態を変更するものではないのであるから、現象的には、通常の電車運転の際にも屡々ありうる事態と変りがないのであって、被告人が、前現示の予測に従い、かつ前方注視義務を尽して運転をしたならば、被告人は構内上り一号信号機の消灯を発見し、直ちに制動を施すことによって、第七一一C電車は、同信号機の外方に停止し得、本件事故は発生しなかったものと認められることは次に判示するとおりであるから、本件変電所の保守に欠陥があったため、本件信号停電が起きたとしても、それと本件事故とは法律上因果関係がないものである。次に弁護人は、船橋駅改良工事によってホーム内の先行電車が発見し難くなり、さらに構内上り一号信号機の設置によって場内信号機が閉そく信号機化したと主張するが、船橋駅一番線ホームに停車中の電車に対する後続電車運転席からの見通し状況については、司法警察員作成の昭和四七年四月三日付実況見分調書、同月九日付作成の「船橋駅構内追突事故再現について」と題する報告書および前記写真集によれば、カーブのために船橋駅一番線ホームの津田沼駅寄り先端から一〇〇メートル強に近づいた地点でこれを発見し得るものであるが、構内上り一号信号機の見通しについては全く遮るものがないのである。右事実によれば、前方注視義務さえ尽しておれば、被告人が第六一三C電車を発見して直ちに制動を施すことによっても、本件追突は回避し得たのではないかと推測されるのであるが、その点を度外視しても、元来、高速鉄道交通の場合にあっては、道路交通の場合と異り、信号機の機能は単に交通の整理をなすものではなく、前方の危険を予告するものであって、それに対する違反は、必然的に事故に結びつくものであるから、運転士の前方注視義務の主たる内容は、信号機の現示を確認するための前方注視義務であり、先行電車を発見するための前方注視義務に止まらないと考えるべきであり、本件において、右信号確認義務が履行されたならば事故の発生はなかったことは明らかであるから、仮に船橋駅の構造に先行電車を発見しにくいという欠陥があるとしても、そのことは、本件事故と法律上因果関係がない。また、被告人が、構内上り一号信号機の外方で停止し得るような速度で走行せず、また、同信号機の現示を確認し得なかった原因はATS車上装置が故障したものと考え、その故障状態の解明に注意力を奪われていたことにあるのであって、各信号間の距離の長短、場内信号機が閉そく信号機化していたか否かも、本件事故と法律上因果関係がない。また弁護人は、ATSに関する国鉄当局の指導訓練の不足を挙げ、本件事故当時現場の指導者すら、信号停電時にATSが如何なる作動をするか知らなかったと指摘するが、信号電流停電時におけるATSの作動について国鉄において指導訓練がなされていなかったことは弁護人の指摘のとおりであり、またこれが被告人の注意力を奪った原因となったことは、これを認めうるところであるにしても、本来、ATSは運転士の信号見落しによる事故を防止するための装置なのであるから、運転士はATSが正常に作動している場合でも前方注視義務を負うのに加え、被告人はATS装置の異常を認識しながら、あえて電車を進行させた以上、平常時にも増して、なによりも前方注視を厳にすべきであったし、そのことは、信号停電時にATSが如何なる作動をするかの知識の有無には関係なく、被告人に対する国鉄の指導訓練によって被告人は十分理解し得たはずの最も基本的な注意義務であるから、国鉄の教育訓練体制を理由として被告人の過失責任を否定し得ないことは明らかである。

結局、弁護人が指摘する、国鉄の企業過失なるものは、仮にそれらがあったとしても、本件においては、事故の発生とは法律上因果関係がなく、従って、被告人の過失責任の有無に何ら影響を及ぼすものではないというに帰する。

(法令の適用)

罰条 業務上過失往来危険の点

刑法第一二九条第二項、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号(昭和四七年法律第六一号による改正前のものによる。)

各業務上過失傷害の点

刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号(前同改正前のものによる。)

科刑上一罪の処理

刑法第五四条第一項前段、第一〇条、(刑期、犯情の最も重い受傷者一覧表(二)、番号1の山田章八に対する業務上過失傷害罪の刑で処断する。禁錮刑を選択。)

執行猶予 同法第二五条第一項第一号

訴訟費用負担 刑事訴訟法第一八一条第一項本文

(量刑の理由)

被告人の判示の犯行は、電車運転士として最も基本的な注意義務である前方注視、信号遵守の義務を怠った結果、往来に危険を生じさせ、六〇一名という多数の乗客に重軽傷を与え、車両損害四、七三六万四〇〇〇円を生じさせたものであって、その刑責は重大である。弁護人の「システム災害においては、末端労働者の過失を問うべきではなく、安全装置を十分働かせることができなかった企業組織体の落度を問題にすべきである」との主張は情状面において検討に値するところではあるが、現状において多かれ少かれ運転士の注意力に依存する運行体系を採用することは、それが過酷でない限りやむを得ないところであり、また専用軌道上の電車運転士に要求される注意義務は、自動車運転者の注意義務等に比較して、態様の相違こそあれ、必ずしも過酷であるとはいえないうえ、本件では最も基本的な注意義務を懈怠したものであるから、右弁護人の主張を考慮しても、なお被告人の刑責は厳しく追及されるべきものと認められる。しかし、本件においては、被告人の過失を惹起した原因は、業務の懈怠とはいえ被告人の不誠実ないし不まじめという類にあったものではないと認められる。すなわち、≪証拠省略≫によれば、国鉄内部や動力車乗務員間においては、異常現象が発生した場合に如何に早くその原因を確認し、それに対する措置を講じ得るかが、その運転士の技術的な評価に反映される傾向があることも窺われるところであって、養成期間を了って間もない被告人が、狼狽して義務の軽重を誤った結果、故障状態を解明することのみに没頭し、判示の注意義務を忘れたことも憫諒の余地はあるところである。また被害者に対しては国鉄当局により、その殆んどに対して総額約一億円に及ぶ損害の賠償がなされているところであり、さらに被告人には他の事故歴や刑法上の前歴もない。被告人の反省の程度については、被告人は、当公判廷においては過失自体をも否定し、その責は国鉄当局にあると主張しているのであるが、捜査段階においては自己の過失を認め、被害者に対する責任の重大さを痛感している旨の心情を披瀝しているのであって、当公判廷における被告人の主張は、労働組合の一員である立場上、組合の方針によったものと認められる。これほどの大惨事を惹起し、しかもその過失が明白かつ重大であるのに、責任を他に転化せんとするが如き態度は、おそらく被害者の憤激を買うものではあろうが、その主張の動機が右のとおりであると認められる以上、これを直ちに被告人個人に不利益な量刑資料とすべきものではないと思料する。以上の結果、被告人の刑責は重大であるけれども、今後の再起を期待し、執行猶予の言渡をするのが相当であると判断する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森岡茂 裁判官 青木昌隆 緒方照久)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例